ライトキューブ宇都宮で2026年3月9~13日に開催された言語処理学会第32回年次大会(NLP2026)にて,山下(D3),周(D3),銭本(D2),伊勢野(M2),藤枝(M2),廣田(M1),江(M1)の7名が参加しました.


今年の発表件数は797件(昨年:777件)で,参加者数は2,316名(昨年:2,248名)とどちらも過去最多でした.
全体のプログラムとしては,初日に4件のチュートリアルとオープニング,招待論文があり,2日目以降に研究発表と2件の招待講演が行われました.
チュートリアル
合計で4名の方からのチュートリアルがありました:
- 綿岡 晃輝 先生・Huy H. Nguyen 先生・Pride Kavumba 先生(SB Intuitions)
AI Safety: Bridging Academic Research and Industrial Application
この講演では,LLMの安全性に関する研究開発の全体像が,学術と産業の両視点から体系的に紹介されました.まず,日本AI安全研究所や経済産業省のガイドラインを参照しながら,人間中心性・公平性・透明性といったAI安全性の主要概念が整理されました.次に,安全性の評価手法として,静的なベンチマーク(HarmBench・AnswerCarefully等)とレッドチーミングの役割が対比的に説明され,ベンチマークは既知のリスクへの回帰防止に強みを持つ一方,適応的な攻撃への対応には限界があることが示されました.最後に,AIエージェント時代における間接プロンプトインジェクションなどの新たなリスクや,AGI/ASIに向けた社会規模のリスクにも言及され,AI安全性への取り組みが今まさに加速すべき段階にあることが強調されました. - 河島 茂生 先生(青山学院大学)
生成AI,言語,倫理
この講演では,人間の言語とLLMの根本的な違いや,生成AIが社会や言語活動に与える影響についての研究が紹介されました.その中で,人間の言語が身体的経験や他者と共に生きることに根ざして意味を持つのに対し,LLMは確率的な予測に基づいており,両者では意味の扱いが根本的に異なることが説明されました.さらに,生成AIの活用は業務の生産性向上に寄与する一方で,学術論文の文体など人々の言語表現に影響を与えたり,過度な依存を生みかねない「AI相談」や「AI恋愛」など,個人の心やコミュニケーションに新たな問題をもたらす可能性があることも示されました. - 石川 冬樹 先生(国立情報学研究所)
信頼できるAIへのソフトウェア工学からのアプローチ:「品質」技術の動向と課題
信頼できるAIを実現するために,ソフトウェア工学の観点からAIの品質や評価方法を整理する講演でした.AIQM・QA4AIといった従来のガイドラインを振り返るとともに,今後のLLMの品質評価における課題として,評価・改善にかかるコストの大きさや,継続的な評価・改善を進める難しさが挙げられました. - 小泉 政利 先生(東北大学)
語順選好の認知科学:人間はなぜどのような語順を好むのか?
この講演では,言語の語順と認知の関係についての研究が紹介されました.カクチケル語話者と日本語話者を対象とした実験を通じて,語順の違いやその処理に関する特徴が検討されました.また,ジェスチャー実験の結果から,「動作主→対象」の順序が好まれる傾向が示されました.さらに,語順と処理負荷の関係についても議論が行われました.
招待講演
合計で2名の方からの特別招待講演がありました:
- 松井 智子 先生(中央大学)
非典型な言語発達と言語使用:発達障害とバイリンガルから考える
この講演では,自閉スペクトラム症(ASD)の子どもや,バイリンガル環境で育ち言語発達に遅れがみられる子どもなど,非典型的な言語発達を示す子どもにおける言語発達と心の発達の関係についての研究が紹介されました.その中で,たとえ子どもの言語発達が非典型的であっても,その発達は大人とのコミュニケーションに支えられて進むことや,言語の発達が心の発達と密接に結びついていることが説明されました.さらに,バイリンガル環境で育つ子どもは,第一言語の発達の遅れが,心の発達の遅れやコミュニケーション上の困難につながる可能性があることも示されました. - 尾形 哲也 先生(早稲田大学/産業技術総合研究所/国立情報学研究所)
ロボット基盤モデルにおける言語の役割ー運動と言語の統合ー
この講演では,ロボットの動作と言語の統合に関する研究が紹介されました.その中で,ロボットが行動を説明したり指示を理解したりするなどして,言語がロボット-人間間のインターフェースとして重要な役割を果たすことや,言語によって不確実な点を明確化できることなど,動作と言語の関係について説明がありました.また,オープンなロボット基盤モデルを構築する試みとしてAIロボット協会の取り組みが紹介され,ロボット基盤モデルの構築にはシミュレーションや遠隔操作によるデータ収集が必要であり,学習データの収集が大きな課題であることが示されました.
自身の発表について
山下は2本の発表を行いました.1本目の研究では,複数人同時対話において,オペレータが多数の対話システムを監視しなければならない高負荷な条件で,対話の引継ぎに効果的な対話要約を調査しました.そして,実証実験の結果から,高負荷条件において抽象型の対話形式の対話要約が効果的であることを明らかにしました.この発表はスポンサー賞であるIVRy賞を受賞しました.
複数人同時対話における引継ぎのための抽象型の対話形式の対話要約の実証 Proceedings Article
In: 言語処理学会 第32回年次大会 発表論文集, pp. 2271–2276, 2026.


2本目の研究では,子どもと保育者の遠隔対話における保育者音声対話システムを構築するための知見を得ることを目的として,対話コーパスを収集し,その対話を分析しました.そして,分析の結果から,子どもを含む対話の場合はターン制の対話システムでも十分な可能性があることや,対話内のパートによって対話の流れを明示的に制御する仕組みが必要であるといった知見を得ました.
保育者音声対話システムの構築に向けた遠隔による子ども−保育者対話のインタラクション分析 Proceedings Article
In: 言語処理学会 第32回年次大会 発表論文集, pp. 2271–2276, 2026.


銭本は,自然言語からの個人の価値観の理解を目的として,語りと価値観情報を対にしたデータセットを構築しました.そして,語りを入力としてその人の価値観を推論する初期実験を行い,語りから個人の価値観を理解することができるかを検証しました.実験の結果,LLMを用いた手法が,単純なベースラインよりも高精度に人の価値観を推論できることを確認しました.


個人の価値観を理解するための語り音声データの収集と分析 Proceedings Article
In: 言語処理学会 第32回年次大会 発表論文集, pp. 1261–1266, 2026.
伊勢野は大規模言語モデルのTheory of Mind(ToM)と対話性能の関係性を調査しました.相関分析の結果から,対話システム開発において重要視するべきToMを明らかにしました.
Theory of mindのベンチマーク指標は対話能力と関係があるのか?LLMにおける対話能力とTheory of Mindの相関分析 Proceedings Article
In: 言語処理学会 第32回年次大会 発表論文集, pp. 1255–1260, 2026.


藤枝は,ホワイトボードを使った対話に注目し,ホワイトボードが対話全体の流れに与える影響を調査しました.結果として,ホワイトボードを使用した対話では話題の意味的な連続性と多様性が重要なことが判明しました.


なぜホワイトボードを使うと良い議論ができるのか?ホワイトボードを使用した共同作業における対話の流れの分析 Proceedings Article
In: 言語処理学会 第32回年次大会 発表論文集, pp. 1815–1819, 2026.
廣田は,Minecraft におけるエージェントの共同作業の可能性について検討した研究について発表しました.シミュレーションおよび人間評価実験を通して,エージェントが一定の品質の成果物を作成可能である一方で,共通基盤の形成に課題があることを示しました.
Minecraftにおける大規模言語モデルエージェントの共同作業の実現可能性の調査 Proceedings Article
In: 言語処理学会 第32回年次大会 発表論文集, pp. 1764–1768, 2026.


江は,フォーカシングという日常的なメンタルヘルスケアを対象とした心理療法を用いたカウンセリング対話データを収集しました.さらに,対話の深度を測るEXPスケールについて,LLMを用いることで一定の精度で自動推定が可能であることを示しました.
フォーカシング対話の収集と LLM を用いたEXP スケールの自動評定 Proceedings Article
In: 言語処理学会 第32回年次大会 発表論文集, pp. 1355–1359, 2026.


気になった発表
- 篠田 一聡, 北条 伸克, 西田 京介, 山﨑 善啓, 鈴木 啓太, 杉山 弘晃, 齋藤 邦子 (NTT)
Let’s Put Ourselves in Sally’s Shoes: 他人の靴プレフィリングは大規模言語モデルの心の理論を改善する(優秀賞)
大規模言語モデル(LLM)の心の理論(ToM)を改善するための新しい推論手法である他人の靴プレフィリング(Shoes-of-Others prefilling)を提案した研究です.この手法では,LLM の出力の冒頭を“Let’s put ourselves in A’s shoes.”で指定してその続きを生成させることにより,LLMのToMが改善されることを示しました. - 唐澤 香梨菜, 金山 龍起, 幸喜 礼佳, 鈴村 祐貴, 藤田 晴斗 (電通大), 小原 涼馬 (NEC), 坂井 優介, 上垣外 英剛 (NAIST), 林 克彦 (東大), 松野 省吾 (電通大)
InterviewArena:情報量の欠損度合いに着目した不完全情報下での対話型推論能力ベンチマーク(若手奨励賞)
不完全情報下での対話推論能力を評価するベンチマークである InterviewArenaを提案した研究です.面接対話を題材とすることで,実世界に近い対話設定のもとで,LLMの嘘を見抜く洞察力を評価することができます.実験では,嘘を見抜く洞察力に関してGPT,Geminiといったモデルと,ローカルモデルの間には大きな性能差があることが示されました. - 村上 聡一朗 (サイバーエージェント), 上垣外 英剛 (NAIST/サイバーエージェント), 高村 大也, 奥村 学 (科学大)
個別選好の異質性を考慮した大喜利ユーモア選好要因の分析(委員特別賞)
LLMのユーモア理解・生成を改善するための新しいアプローチとして,個別選好の異質性を考慮した大喜利ユーモアの選好要因分析を提案した研究です.この研究では,人間の投票履歴に基づいてユーザをクラスタリングしてLLMの好みと比較するとともに,LLMへの入力にペルソナプロンプト(例:「あなたは20歳男子大学生です」)を指定して最も面白い回答を選択させることにより,LLMのユーモアの好みを特定の人間グループ(クラスタ)の好みに誘導できることを示しました. - 中木 裕子, 千葉 祐弥, 藤田 早苗, 荒木 章子 (NTT)
子ども向け対話エージェント構築のための親子絵本読み対話コーパスの収集と分析(委員特別賞)
対話型の絵本読み聞かせが可能な子ども向け対話エージェントを構築するための新しいアプローチとして,日本人の親子36組による自然な絵本読み対話からなるマルチモーダルコーパスの構築と分析を行った研究です.この研究では,収集した対話データに対して対話行為タグの付与などを通して親子のやり取りを分析することにより,子どもの発話量に応じて親の対話戦略や問いかけの種類が変化することを明らかにし,対話システムは子どもの特性に応じて対話戦略を適応させる必要があることを示しました. - 多田 龍之進, 石井 太河, 宮尾 祐介 (東京大学/国立情報学研究所)
LUNON: 相対尤度に基づくテキストの本人らしさの評価指標
特定の個人の文体や思考スタイルを模倣したテキスト生成において,生成テキストの「本人らしさ」を定量的に評価するための新しい指標 LUNON を提案した研究です.本人らしいテキストは,対象個人の文章で訓練したペルソナ特化型言語モデルでは高確率ですが,一般的な言語モデルでは低確率になるという仮説に基づき,両モデル間の正規化された対数尤度差に基づいてLUNON を定式化しています.日本のアイドルのブログ記事を題材に,熱心なファンによる人手評価との相関を測定した実験では,LUNON がSpearman の ρ ≈ 0.58 という中程度の相関を示し,BERTScoreや PersonaCLR などの既存指標を上回ったことを示しました. - 狩野芳伸(静大)
人狼知能:嘘を見破り説得する会話ゲームとLLM(総合討論)
人狼知能の現在の状況の紹介やデモと,今後の人狼知能の大会のお知らせがありました.昨今のLLMの単体性能は高性能になっているものの人狼エージェントはまだまだ性能が十分ではなく,その原因としては人狼知能が不完全情報ゲームであること,マルチエージェントによる会話状況であること,会話の履歴が長いことなどが考えられるそうです.リアルタイムトラックの創設や,発話長制限,評価は勝率だけでなくLLMによる主観評価を取り入れるなど設定に関連した話題も興味深かったです.また,投影スライド上に参加者のコメントがリアルタイムで流れるシステムを取り入れており,盛り上がりを感じました.
おわりに
NLP2026では今年も発表件数,参加者数共に過去最多を更新しており,言語処理分野の盛り上がりを感じました.興味深い発表が非常に多く,それらの聴講を通して研究へのモチベーションが大いに高まりました.また,我々の研究に対して多くの質問,活発な議論があり,今後の研究の参考になりました.
NLP2026では様々な懇親会が開催されました.宇都宮の名産品を楽しみながら,同世代の研究者や他の大学の先生方,そして企業の方とも交流することができ,大変良い経験になりました.来年福岡で開催される年次大会にもぜひ参加したいと思います.



